第5章 あなたを追いかけて HQ 岩泉夢
いつも通りの彼だった。さっきの表情が嘘のように家で出会う彼と変わらなかった。それに少し安堵して、先ほど青葉城西の選手たちを見かけなかったことを思い出す。
「ストレッチとか、いいんですか?」
ほんの少し間があった後、彼はつぶやいた。
「まぁ、気分転換だ」
彼の言葉にさっきまで抱いていた気持ちが膨れ上がる。
今日、告白するんだと決意していた。いつも邪魔してくる兄もいない。今がチャンスだ。だけど、そうなんだけど。自分の口から出ていたのは意外な言葉だった。
「――お兄ちゃんや岩泉さんがバレーをしているところを初めてみました」
「おう」
「なんだか、辛そうで、息も、あがってて・・わたし」
胸からこみあげてきた痛みがのどを詰まらせる。言葉を紡ごうとしても音にもならない息を吐くだけだった。目からあふれてくるものを見せたくなくて私はうつむいた。頑張って押し込めようとしても。次第に声が漏れてしまう。
嗚咽を止めたくても止まってくれなくて、情けない気持ちになる。あまり話したことのない知り合い程度の関係の女子に泣かれるなんて迷惑に決まっている。
それになぜ私は兄のことをしゃべっているのだろう。告白するんじゃなかったのか。
必死になって落ち着こうとしゃくりあげながらうめいている私は何なんだろう。ものすごく迷惑だ。
けれど降ってきたのは意外な言葉だった。
「かっこよかっただろ?」
岩泉さんの声に私ははっとする。
スパイクが決まってガッツポーズをとる岩泉さん。いつもみたいに応酬しながら冷静に戦う二人。
憎らしくて軟派でいつもへらへらしている兄が見せる真剣な顔。自分のサーブが決まった時より、チームの誰かが決めたスパイクが決まったときの笑顔。一途にバレーを取り組む二人。
――かっこよくないはずがない。
私はハンカチを取り出して顔を乱暴に拭いた。 顔を上げた私はまだしゃっくり上げていたけど、もう泣いてはいなかった。
「はいっ!」
彼は嬉しそうに目を細めた。
「よっし!」
手が伸びてきたかと思うと豪快に頭をなでられる。なでられるというか、かき回すという感じだった。
それでもうれしくて私は彼に言い募る。
「でも、お兄ちゃんの100倍岩泉さんのほうがかっこいい
です!」
驚いて目を丸くした後、嬉しそうに笑う彼を見て私は今日この場に来てよかったのだと思えた。