第7章 7
演奏会のあとから、さくらの様子がおかしかった。
ホワイエでみた美しいドレス姿のさくらの表情は、今にも泣きそうな顔をしていたし、楽屋から出てきた彼女の笑顔は演技を見ているようだった。
もしこんな表情をさせているのが俺だとしたら、本当に最低な男だ。
あの人の影を追いかけて彼女のそばにいるようなものなのに、彼女の気持ちを弄んでしまっているのだから。
そして俺は彼女の誘いに乗り、俺の住むアパートの近くにある、音楽院からもそれ程遠くないエノテカ・バールに連れてきた。
「はぁー…ようやく解放されました…」
駆けつけ一杯、イタリアの発泡酒 スプマンテを頼み、乾杯を交わす。
さくらは体の緊張をほぐすようにため息をついた。
「大変だったね。お疲れ様」
「朝日奈さんもお忙しかったんですか?」
「まぁ、そこそこ。そろそろ小説を書きはじめてるし、雑誌のエッセイなんかも最近多くてね」
「大変そうですね」
さくらが忙しくなると同時に、俺自身も仕事が増えていた。
忙しくしていれば、余計なことは考えなくて済む。そう思っていた時期もあったが、実際はそうもいかなかった。
常にちらつくあの人の影。
一年半前の夜に、あの人に断ち切ってもらったはずなのに、俺は未だ引きずっている。
そしてさくらの姿。
目の前のことに対して一生懸命で真面目で、ついつい応援したくなる、そんな子。
困った顔や嬉しそうな笑顔、控えめだがどこか愛嬌があって構ってしまいたくなる。
あの人に控えめなところなんてなかったが、その笑顔や愛嬌になにか共通点を感じてしまう。
そして夢に向かって、その才能を余す事なく発揮しているところも。