第6章 6
楽屋にはもう誰もおらず、静かすぎるくらいだった。
花束達を丁寧に机の上におき、用意しておいた大きな紙袋の中に綺麗に収め、ドレスから着替えはじめた。
ホックをはずすたび、ジッパーを引くたびに心の中をうろついていた乙女がいなくなるような感覚に、安心感と喪失感を覚える。
いつものシンプルな服装に戻るが、乙女が心の中に忘れ物をして行ったような感覚が抜けない。
感情が昂ぶり嗚咽が漏れるが、口を塞いで押し殺す。
涙が机を濡らす。
私を透かして見ている、朝日奈さんにとっての大切な人の存在が疎ましくて仕方が無い。
ちゃんと私を見て欲しい。
ちゃんと朝日奈さんを見せて欲しい。
乙女は恋心のかけらだけを忘れて行ってしまったのか。
いや、これは紛れもない、私自身の心なのだ。
気づいてしまった。
私は、朝日奈さんに恋をしてしまっていたのだ。
ドレスに合わせた華やかな髪を私服に合うよう直し、なんとか涙を抑え、化粧を直す。
鏡で笑顔の練習をする。
「…よし」
ぎこちなさが残るが、これも演技の練習だ。私は歌手なのだ。
「…このくらい、」
大きな荷物を抱えて楽屋を出る。
すると、朝日奈さんが楽屋の前で待っていた。
「…で、出待ち、ですか?」
「いいユーモアだ」
朝日奈さんは軽く私の頭を撫で、そのまま流れるように私の荷物を私の手からさらっていった。
「あっ、私の荷物ですから」
「いくら慣れた場所とはいえ、イタリアの治安は日本よりも悪いんだ。俺の持ち物は少ないから、さくらは自分の荷物をちゃんと持ってなよ」
「すみません…いえ、ありがとうございます」
優しい笑顔がこんなにも切ない気持ちにさせるなんて。