第1章 1
「久しぶりにこっちで生活してる日本人をみてなんだか嬉しくなってね。なんとなく音楽院に近いカフェに立ち寄ったら、たまたまあなたがいるじゃない?運命を感じちゃうわよね」
お姉さんはおもむろにポケットからタバコを取り出し、くわえた。
「あ、あの、タバコは…」
「あら。喉や息を使う人だったかしら?ごめんね」
「すみません…」
お姉さんは困ったように綺麗に笑いながらタバコをしまった。
「そういえば、まだお互い自己紹介もしてなかったわね。アタシは朝日奈光よ。小説家をしてるの」
「花森さくらです。日本では大学3年生で、休学してこちらに留学しています」
「そう。さくら。よろしくね」
「よろしくお願いします」
朝日奈さんが手を差し出し、その手をとって握手をする。
細くてすらっとしているが、どこか力強さを感じる手。
イタリアにくるようになってから、多くの人と握手を交わすことが多い。
手は性格やその人の性質を表す。
そういうことがだんだんわかるようになってきた。
その経験則からいうと、朝日奈さんの手は見た目やしゃべり方と相反するような気がするのだ。
「…あの、失礼なのかもしれないのですが、いいですか?」
「なあに?」
「朝日奈さんって…性別は…?」
「あら、ばれちゃった?勘がいいのね。そうよ。アタシは男よ」
めまいがしそうだった。こんな綺麗な男の人が存在するなんて!
「さくら?どうかした?そんなに目を開けてると目が乾くわよ」
「あ、あの、その、こんな綺麗な男の人がいるなんて…漫画の世界でしか…」
なんとか弁明していると、朝日奈さんは楽しそうに笑った。
「あの、その女装は…その…思ってる性別とちがうからそういうアレで…?」
「そんなに気にしなくていいのよ。小説を書くための取材をするとき、女装してるほうがなにかとラクなの」
朝日奈さんは、長い髪をくるくると指に巻きつけながら言った。