第6章 6
いよいよさくらの出番だ。
舞台の袖から出てきたさくらは、なめらかな黒髪が映える華やかな赤いドレスをまとっていた。
いつもふんわりとした表情とは別物の、挑戦的な笑みを口元に浮かべて。
こんなに変わるものなのか、と驚いてしまった。
さくらが舞台の真ん中に立ち、胸を張って会場を見渡す。
ふと目が合うと、さくらはいつもの優しい笑みを向けてくれた。
あぁ、俺の知っている彼女はちゃんとそこにいるのだ、と安堵した。
さくらは伴奏者に微笑みかけ、それを合図に伴奏者が静かに演奏を始める。
先程まで微笑んでいたさくらの表情があっという間に悲しげな表情に変わっていた。
この曲は俺もよく知っている曲だった。
切々と恋の悲しみを歌い上げる曲。
1年前の出来事やもっと昔のあの人との思い出が次々と溢れ、胸の奥が痛む。
感情的なビブラートが体の奥を揺さぶる。
あの人の泣き顔を思い出させるようだった。
まだ、あの影を追っているなんて。
思わず苦笑が漏れる。
彼女は一生懸命、彼女の恋を前向きに歌っているのに、俺はその歌を聞いて昔の事から離れられない。
時折見せる彼女の表情を透かして俺はいつでもあの人を見ている。
なんて最低な男だろう。
なんて女々しい男だろう。
そこにいるのはあの人ではなく、さくらなのに。