第4章 4
舞台の真ん中に立ち、客席を見渡すと、真ん中のあたりに朝比奈さんを見つける。
ニコリと笑いかけ、深くお辞儀をして顔をあげると、拍手をしながら朝比奈さんも優しく笑いかけている。
今だけは、あの人にこの恋の歌を捧げるつもりで歌おう。
伴奏者に笑いかけ、演奏をお願いする。
恋することの切なさを歌った曲。
恋がこんなに身を焦がすなんて、思いもしなかった。
この歌の主人公の気持ちと、自分の気持ちが重なる。
恋しくて仕方がないのに、伝える勇気がないの。
あぁ神様、こんな私に少しの勇気を。
最高音でのビブラートが感傷的に揺れる。
心の片隅で傍観する自分が驚くのがわかる。
こんな風に歌えるなんて、と。
ピアノがしっとりと物憂げな和音で曲をしめる。
するとざわざわとさざ波のように拍手が沸き起こり、それはいつしか大渦のような大きな拍手にかわった。
はじめてだった。
こんなに評価されることは。
夢なのか現実なのか。私はただただ聞いてくださった方に心からのお礼を込めて、笑顔で答えた。
拍手が収まったタイミングで再び伴奏者に笑顔で合図する。
今度は一曲目とは正反対な、おてんばな女の子がコロコロと表情を変えながら恋の喜びを面白おかしく歌う明るい曲。
登場人物の心と自分の心を重ねて紡ぎ出す声は自分でも驚くほど表情豊かで、この気持ちがそこに座っている朝日奈さんに届いてくれたらどんなに幸せだろうか。
あなたは私の世界を恋という花で埋め尽くしてくれたの。
そんな歌詞を明るく華やかに歌い上げる。
きっと私の気持ちはこの恋する曲とそんなに変わらないんだ。
私の体から溢れる歌は、こんなに自然なのだから。