第9章 葛藤
「やっぱり、あんたは伊達政宗の先祖返りだったんだな」
「……っ!? ひろ、みつ……?」
「光忠が入口で倒れていた。過去の残留に呑まれでもしたんだろうな。情けない男だ、あのような姿で顕現し……いつまで経っても昔のしがらみから解放されることもない」
「残留……」
「"残留思念"のことだ」
湯女が入ってきたはずの扉は固く閉ざされ、扉の前に廣光が仁王立ちしていた。彼の鋭い眼光は、湯女が触れる葛籠へと向けられていた。
「残留思念、あの少年がってこと?」
「あんたにはそう見えたんだろうな。あれは……まだ伊達にいた頃の、燭台切光忠の思念。人の形さえ持たない、人によく似た剥き出しの心」
「……それは、貴方にもあるの?」
「さぁな……そんなものを目にしたことはないからな、ないんじゃないか? 真実は知らないが」
廣光が一歩、湯女へと近付けば当然彼女は警戒心を露わにしたまま葛籠を自らの身体で隠す。その様子を彼が見逃すはずもなかった。
「なるほど……それが本物の大倶利伽羅廣光の刀、というわけか。地下へと続く道は固く閉ざされており、この俺でさえ入ることは叶わなかったというのに。それも全て、あんたの魂が鍵だったということなんだろうか」
「貴方、さっきから意味の分からないことばかり言わないでくれる? 私は貴方の言う伊達政宗の先祖返り……? なんかではないはずだし、そんな話一度も両親から聞いたことはないし……っ」
「では問う。あんたの苗字を聞かせろ」
「なんでそんなこと貴方に言わないといけないのよ!」
咄嗟に葛籠を抱えてその場から数歩離れては、廣光との距離を稼ぐ。湯女の視線は四方八方へと投げられ、出口を探す。しかしその肝心の出口は、彼女が先程ここへ入ってきた時に使用した扉のみ。だがそれは、廣光の向こう側。