第9章 葛藤
二人分の足音を聞きながら、湯女は静かに階段を下り切るのだった。目の前に現れたのは、大きな鉄の門だった。湯女がゆっくりその扉に触れようとした時、不意に少年の手が伸びてきてそれを制した。
「……、ここから先に僕は一緒に行けない。けれどきっと、大丈夫だと、思う。だって人間様は"審神者"だから」
「君は……一体」
湯女が少年へと視線を向ければ、彼女の手を留めていた少年の手の感触が消える。それと同時に視界に映ったのは黒い一羽の蝶。ふわり、ふわりと漂ってはまるで役目を終えたかのように再び元来た道へと戻っていった。
「……後戻りは、出来そうにないわね」
一度深呼吸をした後、抵抗をなくした湯女の手はしっかりと門に手をつき、その重苦しい扉を開けていた。扉は軋みながらも開き切り、その先を見せる。湯女はいざなわれるかの如く、躊躇うことなく扉の先へと足を踏み入れた。
扉の先に待っていたのは――周りを岩に囲まれた、洞窟のような場所だった。しかし思ったより広いその場所を、見回していると奥の方に大きな葛籠が鎮座していることに気付く。
「これは……葛籠? 中に何が入っているのかしら」
近寄ろうとすると、脳裏に何か見たことのない景色が流れ込んできて、思わず足を止めた。湯女は戸惑ったようにこめかみを軽く指で押さえて、葛籠を一瞥する。
「あんたが、見せようとしてるの? い……っ、一体……なんだっていうのよ!」
容赦なく流れ込んでくる映像。見たことがないはずなのに、何故か心の何処かで引っかかる得体のしれない違和感。――まさか、私はこれを知っているというの? 僅かな痛みに耐えながら葛籠の前へやってくる。思い切って葛籠に触れると、それはひとりでに封を切った。
その瞬間、嫌な空気が立ち込めて聞き覚えのある声が彼女の名を呼んだ。