第6章 表裏
「調子はどうだ? 何処も気持ち悪いところはないか?」
「……ない、けど……私……いつの間に眠って……」
そこまで口にして、湯女は意識を手離す前の記憶を混乱する頭で何とか遡り始める。眠り始めてのはいつだ? いつからの記憶がないんだ? ふと手に何か堅い感触が触れ、そこへと視線を落とした。まるで寄り添うようにそこにあった物、小さな手鏡だった。
それを目にした途端、湯女は唐突に思い出す。――燭台切に鏡を渡された瞬間の、あの出来事を。
「あの手は……貴方だったの!?」
「……ご名答、あの鏡は俺があの男に渡したものだ。その日のうちに、あんたに渡すとは思っていなかったがな……都合はよかった」
「廣光が、光忠に渡した物……? ちょっと待って、貴方どうやって光忠に鏡を渡したっていうの? だって貴方は……現代に姿形を持たないのでしょう? あの子達とは違う存在、肉体を持たないもの」
「肉体がないからと言って、干渉できないとは言っていない。……あの本丸とやらは、とても清い場所……聖域。そこに抜け穴があるとするなら、井戸、池……常に水が張っている場所。あそこは、よく通り道になりやすい……覚えておけ、女」
「女じゃない、私は湯女……っ。つまりここは……」
「夢とは違う、あんた達の言葉を借りるなら……異次元というやつか? あんたは俺が渡したその鏡を通して、肉体と魂ごとこちら側へ引きずり込まれたんだ。どうだ、そろそろ理解出来たか?」
「何よ……それ……っ」
湯女は布団から抜け出すと、手早く部屋を出ようとする。背後からひんやりと冷たい声色で「どうせ逃げられない」と呟いた廣光の言葉が、彼女の頭の中を占めていった。
部屋の外を飛び出せば、夢で見た時とはまったく異なる薄暗い廊下が何処までも続いていた。――鈴の音が、微かに聞こえてくる。
「……あの男の好き勝手にさせておくものですか……ッ」
湯女は鈴の鳴る方へと、前進し始めた。