第6章 表裏
「……ッ!!?」
咄嗟に湯女は身を引くが、覗き込んだせいでその距離を稼ぐことが出来ない。伸びた手は湯女の頭を包み込むように掴んだかと思えば、そのまま鏡の中へと引き摺り込む。――こんなことは、あり得ない! そうは思うものの、まるで何か不思議な引力に引き込まれるように、あっという間に湯女は身体ごと鏡の中へと吸い込まれていった。
それを傍で見ていた燭台切は、ただ湯女が吸い込まれている様を呆然と眺めていた。気付いた頃には、部屋に燭台切のみとなってしまった。畳に落ちた鏡を拾い上げ、燭台切は薄く笑む。
「これで君はもう、僕だけのもの」
燭台切はゆっくりと、静かに部屋を後にした。
◇◇◇
――音がした。聞き覚えのない、鈴の音。
深い深い、今までよりも深い夢に浸っていく感覚と共に……湯女は目を覚ました。
「……此処、あの夢の中だわ」
湯女はぼんやりとする視界の中で、誰かが手を伸ばしてくるのが見え、我に返ったように起き上りそれを避けた。今度は先程よりもしっかりと視界が広がる。焦点はぶれることなく、目の前の男を捉えた。
「……目が覚めたか。思ったよりも早い到着で、俺は心底嬉しい」
「廣光……?」
廣光は伸ばしかけていた手を大人しく引っ込めると、眠っていた湯女の隣に腰掛け膝を立てそこに腕を置くと興味深そうに湯女を眺めていた。