第6章 表裏
白い白い雪の中、ぼんやりと池を眺めている一つの影。ほんのりと髪に雪の結晶が乗る事さえ、今の彼にはどうでもいいらしい。池をじっと見つめて、口を開けば白い吐息が漏れる。自らの掌を見つめて、そうした後にそっと水に触れた。
「冷たい……」
零した言葉は雪に吸収され、その場でだけ響いてすぐに消えた。水面に映る姿は、燭台切光忠だった。片目である金色の瞳を細め、池をどれだけ見つめ続けても己の姿以外が映り込むはずもなく。彼は大きく溜息を吐いた。
「近侍じゃなくても……か。そんなこと、思ってもいない癖に」
苛立ったような声で呟くと、燭台切は腰にさしていた刀を抜いて、水面を斬った。ばしゃりと水音と共に水が跳ねる。掻き消された自分の姿に満足したのか、彼は再び刀を鞘に納め腰へと戻した。
『欲しいか?』
「……ッ! 誰っ!!?」
咄嗟に聞こえて来た声に、燭台切は鞘から刀を抜き構える。何処から声がした? 探るように、辺りの気配に意識を集中させる。
『お前は、あの女が欲しいんだな?』
「……何の話かな。姿を見せず不躾じゃないか、それとも……僕の目の前に現れるのが怖いのかな?」
『今はまだその時じゃない。それだけだ……、お前が望むなら俺がお前の願いを叶えてやろうか? あの女の傍に居たいという、お前の願いを』
「……どういう、こと」
燭台切の瞳が揺れる。同時にそれは、彼の心が揺らいだ証拠なのかもしれない。柄をぎゅっと握りしめたまま、それでも得体の知れない男の声に耳を傾けてしまう。男は楽しげに笑って……――気配に気付いて燭台切が池を見れば、そこに見たことがある姿が映っていた。