第5章 停滞
「駄目……じゃない。はぁ、私がそういうお願いに弱いの知っててやってるでしょ」
「ふふ、勿論じゃないか。僕を誰だと思ってるの。君の事なら、倶利伽羅なんかよりもずっと知ってるよ」
微笑んだ燭台切の瞳は、怪しく揺れていた。湯女がそんな彼に、気付くはずもなかった――
◇◆◇
大倶利伽羅が一人広間へと火鉢を運び終えると、まるでそれを見計らったように白い着物がふわりと大倶利伽羅の視界の端に映り込んだ。
「よう、倶利坊。この寒い中ご苦労なことだな」
「ふん……」
「ところで、光忠を見なかったか?」
「湯女と一緒にいる。何やら話し込んでいたから、置いてきた」
「そうかい……。なぁ倶利坊、最近変わったことはなかったか?」
目敏く鶴丸が問えば、大倶利伽羅は鋭い目つきで鶴丸を睨み付けた。あまりにもその瞳が恐ろしく思え、鶴丸は一瞬きょとんとするがすぐに真面目な表情へと変わった。いつもふざけてばかりの鶴丸が、そんな表情を浮かべるということは、少なくとも今から鶴丸が口にする言葉は冗談やおちゃらけたものとは違うのだろうということ。
「今日のこの本丸の異常気象とやらが、何よりも大きな変化だ。こんなことは、初めてだと宗三が言っていたぞ」
「……そうらしいな」
「倶利坊も薄々気付いていたんじゃないか? この近辺で起きている、神隠しの話を」
「神隠し……?」
大倶利伽羅が目を細めれば、鶴丸は巷で噂になっている神隠しの話を語り始める。