第5章 停滞
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湯女の指示で無事火鉢を外に出した二人は、ようやく埃っぽい物置小屋を抜け出した。湯女は白い息を吐き、不意に顔を上げれば遠くの方で燭台切の姿を見つけた気がした。何となく条件反射というやつで、湯女が小さく手を振れば燭台切は小さく微笑むだけで手を振り返す様子はなかった。
そのことに違和感を覚えたわけではないが、何となくこのままにしておけない気がして……湯女は大倶利伽羅に一声かけた。
「倶利伽羅、ごめん。それ本丸内に運んでおいてくれる?」
「別に構わないが……あんたは何処へ行く気だ」
「ん、ちょっと気になることがあるの。ごめん! 頼んだわよ」
湯女はそれだけ告げると、早足で燭台切の元へと駆け出した。きっと湯女の向かう先を見つめれば、燭台切の姿を大倶利伽羅も確認することが出来るだろう。だからだろうか、大倶利伽羅は言い返すこともなく静かに湯女を見送った。
積もり始めた雪を踏み荒らしながら、湯女は小さく息を乱して燭台切へと近付いて行く。彼は逃げない。ただ静かに湯女が傍まで来るのを、じっと見つめて待っている。
「光忠っ!」
彼の名を呼んでやれば、ぴくりと反応を見せ戸惑ったような瞳を覗かせた。
「どうしたの……湯女ちゃん。そんなに、慌てて」
「ああ、いや……なんかいつもと雰囲気が違って見えたから。何かあったのかと思って」
「……それだけのために、わざわざ走ってきたの?」
「はあ? おかしい?」
湯女が不機嫌そうに首を傾げれば、燭台切は大きく首を横に振って、それから嬉しそうに微笑んだ。なんだ、いつもと変わらないじゃないかと湯女は心の中で呟く。