第4章 悠遠
「あんた、以前も此処に来たな」
「……貴方は、誰」
「ふんっ……人に名を聞く時は、まず己からと教わらなかったのか? 人の子」
訝しげな表情を浮かべ、湯女は男を睨み付けると警戒するように相手の様子を伺いながら言葉を返した。
「それは申し訳ない事をしたわね。私は湯女、それで? 貴方は?」
「せっかちな女だな……。俺は……――大倶利伽羅廣光(おおくりからひろみつ)」
「大倶利伽羅……廣光? 大倶利伽羅じゃ、ない……の?」
戸惑ったように湯女が廣光を見れば、彼はくくっと楽しげに喉を鳴らして笑う。よっぽど面白かったのだろう。肩を揺らして、楽しげに笑い声を上げる。湯女がそれを快く思うはずもなく、彼女は一層眉間に皺を寄せ廣光を睨み付けた。
「何がおかしいのよっ!!」
「いやぁ、あんたは大倶利伽羅を知っているのだなと思ってな。そうか、あんた……通りで。余程縁深い魂とみえる……」
「何の話よ。ところで、此処は何処? 廣光……だっけ、あんたは此処で何をしているの?」
「此処はあんた達の世で言う、夢という奴の中だ。最も、人の言う夢とは異なるところだがな」
「夢? そういえば、前に会った魔夢はいないのね」
「ん? 魔夢か。あんた、会ったのか……どうでもいいことだがな。ああ此処で俺は何をしているのかと聞いたな。何をしているように思える?」
「質問を質問で返すのは、馬鹿に思われるからやめた方がいいわよ」
不機嫌そうに湯女がそう口にすれば、廣光は再びおかしそうに笑う。もういい、とばかりに部屋を出て行こうとする湯女に彼は「おい待て」と引き留めるのだった。