第3章 来往
「私には人に見える。少なくとも、見た目は」
「はあ、見た目……ですか。そう……ですね、言われてみれば人かもしれませんね。ふふ」
「……ッ、人でないとしたら貴方は何だっていうの!!?」
ついに湯女が声を荒げれば、ぎしりと遠くで床が軋むような音が聞こえてくる。すると男はゆっくり息を吐いて、じろりと湯女を見つめた。わけがわからない、この状況が理解できない。湯女が逃げようとする中、前方に人影が見えてくる。
「わたしは魔夢(まむ)と申します。お嬢さん、夢というのをご存知ですか? 稀にあるのですよ……お嬢さんのように、霊力のお強い方が神の何かに触れてこの領域に訪れてしまうこと」
人影が大きくなる、だんだん姿がはっきりと見える。湯女の耳には、もうほとんど男の言葉は入ってきていなかった。視線は既に、前方の影に釘付けになっているからだ。それでも男は、お構いなしに話しては満足する。
まるでこの時を待っていたかのようだ。
「神は夢を見ません。しかし人の子は夢を見ます。夢は一番無防備になりやすいですから、手に入れるのには打って付けのようですよ」
――手に入れる? 何を?
そう問いかける前に、人影の姿をはっきりとこの目に焼き付ける。肩まである長い茶色の髪、緩く癖毛気味の柔らかな猫っ毛。褐色の肌、両腕から肩にかけ目立つ倶利伽羅竜の刺青。金色の両目を湯女に向ければ、にやりと微笑む。