第3章 来往
◆◆◇◆◆
暗い暗い闇の底、彼女は歩く。脆い木の音を足元に聞きながら、長い長い廊下を歩いた。ふと、前方に派手な色の着物を着た男が立っていることに気付く。遠くからでも顔は見えるが、それは見知った顔ではなかった。
湯女は首を傾げ、男に近付きながら声をかける。
「あの、すみません。此処は……何処でしょう?」
すると男はゆっくりとこちらに顔を向け、男もまた不思議そうに首を傾げて湯女の問いかけに返事をするのだった。
「はあ、何処と申されましても"箱"としか答えようがありませんぜ」
男の返答に、やはり疑問だけが残った。箱? 湯女から見た此処は、どう見ても古い歴史のありそうな屋敷だったからだ。男の返答に納得がいくはずもなく、湯女は訝しげに再度問いかけるのだった。
「箱とは? 私には、ただの立派な屋敷にしか見えないわ」
「そうですか。お嬢さんにはそう見えますか、いやはやこれは困った困った」
「……困っているのは私の方なのだけど? この屋敷、貴方以外に人はいないの?」
「人、ですか? 人、に見えますか?」
男が薄らと笑みを浮かべて湯女へと視線を向ければ、湯女はゆっくりを目を見開くのだった。別に男に変なところなどない、着物は少し派手だけれどそれ以外に変なところは見当たらない。顔色も別に普通に見えたし、姿も人と何ら変わらない。けれど男は「人に見えるか?」と問う。
……気味が悪い。そう思わずにはいられなかった。
湯女は恐る恐る視線を返して、一歩下がって更に言葉を返した。