第3章 来往
「少し休んだ方がいいかもしれない」
湯女は執務室の奥にある閨に移動すると、軽く布団を敷いて寝転がった。疲れているだけかもしれない。だから余計に嫌なことを考えてしまうのだと、意識を遠くへと押し退ける。そうしてやれば、自然と眠気に誘われそのまま彼女は眠りに入った。
まるでそれを見計らったように、ゆっくりと襖が開かれる。小さく小さく畳が軋む音がしたかと思えば、その足はゆっくりゆっくり湯女へと近付いて行く。
「湯女ちゃん……寝ているの?」
声の主は、燭台切だった。優しい眼差しで彼女を見つめると、そっと傍に寄り添うように腰を下ろした。そのまま手を伸ばしたかと思えば、彼女の頭を撫でるのだった。優しく、優しく、彼女を起こさないように。
「どうか、君の夢の中にくらいは僕が映りますように。ねぇ、湯女ちゃん……知ってる? 僕の気持ち」
燭台切は撫でていた手を止めると、頬へと手を滑らせそのまま湯女の唇を指でなぞる。愛おしそうに、数回なぞれば手を離した。なぞっていた指を、燭台切自らの唇の上になぞり微笑む。
「――……だよ」
燭台切が呟いた言葉は、部屋の中でだけ響きすぐに消えてしまう。眠る湯女に彼の言葉が届くことはないだろう。そんなことは、既にわかっているのか眉尻を下げ困ったように笑うと、燭台切は小さく「今はゆっくりおやすみ」とだけ小さく呟いて、もう一度だけ湯女の頭を撫でた。
彼が閨を立ち去る頃には、湯女も更に深い深い眠りへと落ち薄らと夢を見始めるのだった。