第2章 鱗片
「……倶利伽羅、湯女ちゃんは?」
「徹夜続きだったからな、今寝たところだ」
「ふぅん……そう、少しだけ話したいことがあったんだけどなぁ……」
「近侍の話か」
大倶利伽羅がそう言葉にすると、燭台切はわかりやすく顔を歪めた。一切不機嫌な様子を隠すことなく、忌々しそうに低い声で発する。
「君からさ、彼女に申し出てくれないかな? 近侍をやめるってさ。僕がいくら彼女に近侍に戻してほしいって言っても、全然聞き入れてくれないんだ。君ならわかるよね? 君よりもずっと、僕の方が彼女にとって役に立つ刀剣だってことくらい」
にっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべるものの、燭台切の表情は何処か不気味で歪に思えた。大倶利伽羅は眉間に皺を寄せると、軽く鼻で笑いながら答えた。
「はっ、笑わせるな。あんたが何を企んでいるか知らないが、湯女はあくまで人間で俺達は刀だ。どんなに人の形をしていても、人に成り代わることはない。人と同じ時間を生きることも出来なければ、共に死ぬことも出来ない。湯女に深入りしてどうする気だ? あいつはいずれ、役目を終えれば審神者を辞める身。俺達に縛り付けておくことは、間違っている」
「間違っている……? そうかな? 僕達にとって、主はたった一人……湯女ちゃんだけなんだよ? その彼女に、僕が強い執着を覚えるのはとても自然なことだと思わない? 僕はね、彼女がとても大切なんだ……大事で、大事で……ずっと僕の中に閉じ込めておきたい」
「だからあんたは近侍を外されたんだ! もう、わかっているんじゃないのか……?」
「ああ、なるほど……そういうことなんだね」
燭台切は突然「ああそうか、そうか」と何かに納得したかのように、喉を鳴らして不気味に笑い始めた。はははっ! と燭台切の笑い声が一通り響いたかと思えば、薄暗くなり始めた外の闇がふわりと燭台切を包み込んでいるかに見えた。
大倶利伽羅は無意識に警戒するように、自らの腰に下げている刀の柄に触れた。