第2章 鱗片
◇◆◇
ここでようやく湯女が奇怪な出来事に見舞われるようになった、五日ほど前の話に戻るとしよう。前日には大雨が降っていたものの、その日は幸いにも気持ちの良い快晴だった。
大倶利伽羅を近侍にしてからの湯女は、以前よりも仕事を片付ける速度が落ちていた。と言っても、今まではほぼ燭台切が全て行っていたため、これが本来のあるべき姿なのかもしれない。だが…彼が近侍になってから、一つ困ったことがあった。
それは、大倶利伽羅が書類関連の仕事が苦手な刀剣だったというところだ。燭台切が出来過ぎていたため、余計にそう感じるのかもしれないが。
それも相俟って、湯女は久しぶりに二日目の徹夜を経験していた。執務室には、大倶利伽羅ではなくへし切長谷部が控えていた。長谷部だった理由は単純に彼の方が書類関連の仕事に強かったからだ。
それならば、いっそのこと燭台切に頼めばいいものの……湯女はあの日を境にどうも燭台切に言い表せない苦手意識を持ち始めていた。
「湯女様、一通り書類が完成しました。どうぞお納め下さい」
「ありがとう……とても助かるわ」
「いえ……。お言葉ですが、俺如きがこのようなことを口にするのは無礼にあたるのかもしれません……ですが、それを承知で少し言わせては頂けないでしょうか?」
「どうしたの、長谷部らしくないわね。そんなこと言うなんて」
「はい……。あの、いつまで大倶利伽羅を近侍にしておくつもりで? 仕事ぶりを見てみれば、書類関連の仕事がまったくできず書庫で資料集めか万屋に行った際の荷物運びくらいしか、していないそうではないですか。燭台切が近侍だった頃は、もっと貴方にも時間はあったし余裕もありました」
「そう? そうね、光忠に頼りすぎていたの……私。そのツケが回って来たと考えれば、何も不思議な事じゃないわ」
「ですが……!」
湯女は走らせていたペンを止めた。