第2章 鱗片
「湯女ちゃん、はい。お茶」
「……ありがとう、助かるわ」
心なしかぎこちなさを残したまま、湯女は差し出された湯呑みを受け取った。後ろの方でじりじりと大倶利伽羅の視線を感じながら、湯女は静かに頭の中で言われた言葉を何とか整理していく。
光忠に気を付けろ? 神隠し? 彼がいなければ生きていけないようになるのを、待っている? ははっ、何の冗談なのか。――湯女にとっては信じられないような話ばかりだった。勿論すぐに大倶利伽羅の言葉を鵜呑みにする気にはなれなかったし、その後すぐに大倶利伽羅は「遠征に出かけてくる」とだけ告げて部屋を出て行った。
再び燭台切と二人きりになると、そっと燭台切は湯女へと近付いて尋ねて来た。
「ねぇ、湯女ちゃん」
「なぁに? どうかした?」
一口二口、お茶を飲むと彼女は再び万年筆を握り締め机に向かう。それでも気に留める様子もなく、燭台切は言葉を続けた。
「倶利伽羅と、なに話してたの……?」
異様な空気を感じ取った。湯女がふと燭台切へと視線を向ければ、ぎろりとまるで睨み付けるかのように瞳を光らせ、冷たい表情で湯女をじっと見つめていた。ごくり、思わず喉が鳴った。緊張からではないと信じたい、けれど……じっとりと掌に汗が滲む。明らかに湯女は動揺していた。
「別に何も……。大した話はしていないわ」
「ふぅん、そう? ならいいんだけど」
誤魔化せたのだろうか……? その答えは、わからないまま。燭台切はにっこりと微笑んで、再び湯女同様に仕事を再開させた。僅かに燭台切に尋ねてみたいことがふっと浮かんで来るが、本能的にそれを聞いてしまってはいけない気がした。これは彼女が審神者だからこそ、感じた勘なのだろう。
――神隠しって知ってる?
湯女は言葉を呑み込んで、一つ小さく深呼吸をすると書類に集中し始めた。
結局仕事の方は、外が暗くなるまで続いたが夜更けになる前には無事終えることが出来たのだった。
次の日、湯女は燭台切を近侍から外し、大倶利伽羅を次の近侍に据えることを本丸にいる全ての刀剣達に告げた。