第2章 鱗片
「今、光忠がいないと何も出来なくなってきたかもしれない、と言ったな?」
「え、ええ……それが、どうかしたの?」
「付喪神に心を許し過ぎるな。特に、光忠みたいな奴はあんたに心底執着しているんだ。もっと自分のことは、自分だけでやるべきだ。あんたは最近重い荷物を運んだか? 箸より重い物は持ったか? あんたはいつからこの部屋に籠っている? 出かけたのはいつだ? 思い出せるのか?」
「倶利伽羅……? え、あの……ちょっと待って頂戴。貴方が何を言いたいのか、いまいちわからないのだけれど……」
「単刀直入に言う、光忠を今すぐ近侍から外せ。付喪神に依存するということが、どういうことか……あんたにわからないはずもないだろう? 神隠しにでも遭いたいのか?」
「光忠が、私を神隠しするとでも? ふふ、あり得ないわ……下手な冗談はやめて頂戴。只でさえ、冗談を軽く言えるほど余裕があるわけじゃないのよ、今。疲れているんだから」
「そうやって考えることをやめようとするな! 光忠は最終的に、自分がいなければ生きていけないようにあんたが堕ちるのを待っているんだ」
遠くの方で足音が一つ、この部屋へと近付いて来る。恐らくは先程お茶を淹れるために部屋を出た燭台切だろう。大倶利伽羅は仕方なく湯女から離れると、その前にそっと耳元で囁いた。
「光忠には気を付けろ」
大倶利伽羅の言葉が、耳の奥に残っていつまでも消えない。明らかに動揺している湯女だったが、障子が開いたのと同時に何とか必死に動揺する心を抑え込んで平静を装う。やはり姿を見せたのは、燭台切だった。