第2章 貴女に愛が届くまで
「だが、相手には婚約者がいたんだ。それが今の市長の親父」
驚いてアリシアと神田は目を合わせる。驚きようが面白かったのか親方は軽く笑った。
「その親父さんは性格、金、容姿、三拍子そろってるって有名だったからな。勝てるわけねぇって何度も言った。でも、聞かねぇ聞かねぇ」
手を振って親方は自嘲するような笑みを作る。
「で、俺が最後にマルクを見たのは真夜中だった。奴は俺に言ったよ、オートマタを持って彼女と一緒に違う町で暮らすんだって……俺は許せなかった。もう真夜中に大喧嘩してそれきりだ」
膿を吐き出すように語リ終えた親方の姿にアリシアは手を肩に置いた。
「……辛いお話をありがとうございました」
その言葉に苦い顔つきながらも親方は笑った。
「いや、気にすんな。あんたら教会のもんなんだろ? 懺悔みたいなもんだ」
軽い冗談にアリシアは微笑んで優しく肩をなでた。視線を感じてアリシアが振り返ると神田が無表情でこちらを見ていた。目が合うと視線をそらされた。なんだろうと首をひねったが、神田は親方に近づいていきもうこちらを見ようとはしなかった。
「申し訳ないがまだ聞きたいことがある。相手の女性は今どうしてる?」
相手の女性を思い出したのか、親方は苦い顔をする。
「今は自分の生家で一人暮らししてるよ」
ふと疑問が浮かんでアリシアは尋ねる。
「あの、ご主人と息子さんと暮らしていないんですか?」
「旦那は五年前に死んだよ。事故だったらしい。――息子とは折り合いが悪いようだ」
そこでずっと口を閉じていた青年がたまらず声を吐き捨てた。
「当たり前だよあんな奴! あいつはこの街を潰そうとしてる!」
あまりの勢いにアリシアは驚く。よほど青年は市長のことが嫌いらしい。
「あの、どういうことですか?」
「お嬢ちゃん、どうしてうちのオルゴールが土産屋にないのか聞いたよな? それはさ俺たちの作るオルゴールが観光客向けじゃないからさ!」
頭の中で青年の言葉をかみ砕いていく。要するに買い手がつかないということだろうか。その疑問に親方が答えてくれた。
「観光客がみんな金持ってるわけじゃねぇ、高くて精巧なもんはなかなか売れねぇのさ。だからあの市長は精巧なオートマタより、小型のシリンダー型のオルゴールを作れって言ってきたのさ」
「シリンダー?」