第2章 貴女に愛が届くまで
「うるせーんだよ、お前は! で? お嬢ちゃんは見物に来ただけか? ん?」
真上から顔を近づけてくる親方にアリシアはにっこりと笑って首を振った。
「あれと同じようなものをその幻覚で見たんです。……確か白のドレスを着た女性とタキシードの男のオートマタでした」
それを聞いて親方は目を見開き、数歩よろけて椅子に座り込んだ。頭を抱えてため息をつく。
「そこのは、俺と仲の良かった兄弟子が作ったもんだ。中身のオルゴールは俺が作った」
「……その、兄弟子さんは?」
「居なくなった。でも、死んだかどうかはわからん」
歯切れの悪い言い方にアリシアは首をかしげる。
「どういうことです?」
「35年も前の話だが、俺ははっきりと覚えてる……駆け落ちしようとしたんだ、ある女と」
なんだか、すごい話になってきている。でも、何か手がかりがあるかもしれない。喜々として神田に目を向けるとあまり興味がなさそうに目をそらされた。しかもあごで先を促すように合図される。
アリシアはまゆをつり上げたが、すぐに表情を戻した。
「詳しく話を聞いてもいいですか?」
親方は力なくうなづいた。
「兄弟子はマルクって名前だ。俺より10歳年上だった。前は他の街で仕事をしてたらしいんだが、ここのオルゴールに惚れこんでね迷わず辞めてここに来たって言ってた」
だが、と言って親方は苦笑する。
「マルクはからくりは得意だったが、肝心のオルゴールはからきしでな。だから、人よりずっと努力していた」
嬉しそうに親方は顔をあげて目をつむる。その穏やかな表情がマルクという人物のことを親方が好きであることがうかがえた。
「俺はあの人のひたむきさが好きでな、気が付くといつも話をしていたよ。しまいにゃお互いになんでも話すようになった――だが、ある時あの人は変わっちまった」
親方の表情が一変する。その顔は悲痛に歪んでいた。
「この街で有名な資産家の娘を好きになっちまったんだ。それからというものその話ばっかでオルゴールの話はしなくなっちまった。気持ちが加速するようだった。相手も好いてくれたらしくて浮かれ調子よ。まぁ、若かったから仕方ねぇともいえるが」
しばらく沈黙が続いた。だが、誰も口を挟もうとしなった。親方はまた言葉を紡ぎ始める。