第2章 貴女に愛が届くまで
どうやら神田の耳は確からしい。アリシアは音へ確実に近づいていった。
ある程度走ると工房が多数ある地帯の大通りにたどり着いた。
長い距離を走ったので息が切れ切れだが、音はもう近い。
するとある工房の扉が急に開いた。そこから男が出てきて嬉しそうにどこかへ向かっていく。
驚いてアリシアは目を丸くする。オルゴールは今も鳴っている。しかも近い。だが、彼は起きている。
――適合者!?
アリシアの横を走りすぎていく彼に慌てて声をかける。
「あのっ! ちょっと!」
だが、男は聞こえていないのかまるで速度を落とさない。
「聞こえてます―!? ちょっと!」
それでも足は止まらない。追い付こうにも彼は全速力なのかものすごい勢いで走っていく。脇に何かを抱えているというのに、すごいスピードだ。
さっきまで走り通しだったアリシアにとってついていくのがやっとの状態だった。アリシアは特にエクソシストでも適合率が低いので超人的な能力を持っていない。鍛えてはいるが、他のエクソシストにくらべるとどうしても劣るのだ。
自分の非力さが歯がゆいが、この男を追っていくしかない。
この状況でこの男はどう考えても異質だ。なにかイノセンスと関係していると考えていいだろう。
これ以上馬鹿にされないように、情報をしっかりと持ち帰るのが最善だ。
アリシアは死ぬ気で彼を追いかけた。
そして大きな十字路まで走ってくると前の男の足が止まった。急に止まったのでアリシアは止まれずに彼に接触しそうになった。だが、ぶつかる感触はなく。アリシアは驚いて目を見開く。
「へぇ!?」
なんと男の体をすり抜けたのだ。そしてぶつかる代わりに石畳に体を打ち付けた。
「いたた……」
起き上ろうと上半身を持ち上げると今度は漆黒の何かが降りかかろうとしていた。
「わぁぁぁ!!」
慌てて体を転がして避けると、その真横で走っていた男が倒れこむ。黒い物体にぶつかったのだろうか。体から血があふれ出てきて動く気配がない。
状況がいまいちの見込めず、思わずその場から後ずさりしてしまう。
すると漆黒の何かは馬車用の馬だったようだ。慌てて御者が男を揺さぶっているが、まるで反応を示さない。男が死んでいることに気が付いたようで御者は放心したように中座して動かなくなった。