第1章 はじまり
誰もいなくなった執務室でコムイがため息をつく。まったく室長というのは嫌な仕事だ。言いたくないことまではっきりと言わなくてはならなくなるのだから。
さっきまでいたリーバーが気を使ってコーヒーを入れてくれたので、そのコップを取ろうとして手を伸ばす。
するとコムイの手が届く前にそれは持ち上げられた。
目を丸くするコムイにくつくつと笑う声が聞こえてくる。その声にコムイは顔をしかめる、
「人のものを取るなってアリシアから言われない?」
声の主は楽しそうに笑いながら答える。
「アリシアは笑って許してくれるよ」
「アール」
責めるようなコムイの声にアールと呼ばれた青年はさらに嬉しそうに笑った。
整えられた薄い茶色の髪を揺らし、腹を抱えている。笑いが収まらないようだった。
体は黒い団服を着ている。エクソシストだ。生身が見えなくともしなやかな体つきをしていることがわかる。
「ごめんごめん、だってすごい顔したからさ」
目尻をぬぐいながら言う彼は酷く無邪気な笑顔を浮かべていた。
だが、コムイの硬い表情が崩れることはない。
「そんなに警戒しないでよ、別に怒りに来たんじゃない」
「じゃあ、何しに?」
「もちろん文句を言いにさ」
言ってアールは目を細めた。人によっては微笑んでるように見えるだろう。だが、コムイには薄く笑顔を張り付けただけの顔に見える。
「コムイは僕のためにアリシアは僕から離れるべきだと言ったね」
コムイの表情がさらにきつくなる。
「聞いていたのか」
「あぁ、僕にだって関係あることだろう?」
そう言いのけるアールにコムイはぞっとする。ゆっくりとアールはコムイに近づき、顔と顔がくっつきそうなほど接近してにやりと笑う。
「さっきの君の言葉は間違いだ」
そして、笑顔をコムイに向けささやいた。
「君はアリシアのために僕を離したいんだ」
ばっと体を離すコムイにアールはくつくつと笑う。
「わかりやすいなぁ、コムイは策士に向いていない」
コムイは苛立ちながらアールをにらみつける。
「それで、キミは何しに来たんだい? 文句を言うためだけじゃないんだろう?」
流石だね、と言いながらアールはコップをあおる。飲み干したコーヒーカップを置いてアールは殊勝に何度もうなづく。
「室長の命令は絶対だ、従うよ。――だけど僕のパートナーを指定させてほしい」