第1章 はじまり
教団の朝は早い。
夜が明けるころには誰かしら自室から出て、訓練や食事をしている。アリシアはまだ体が起ききらないのか、ゆったりとした足取りで廊下を歩いていた。
様々な人がアリシアの横を通り過ぎていく。医療班、探索班、どの班の人も背筋を伸ばして歩いている。自分も見習わなければと思ったが、出てきた欠伸をかみ殺す。どうやら自分はまだまだ出来そうにない。
すると横を大量のの資料を持った化学班の男が小走りで通り過ぎた。彼らには昼も夜も関係がない。彼はきっと作業に追われているのだろう。クスリと笑いを漏らしながら廊下を歩いていく。
教団のいつも通りの日常だ。
――それにしても重要な話って何でしょう?
アリシアは歩きながら思案する。
気になるのはついさっきのコムイとのやりとりだ。
任務ですか? と聞くと違うと答えられ。
何か事件でも起こしましたか? と聞くとそうじゃないと言われ。
重要な案件ですか? と聞くと含みのある笑い声が聞こえてくるだけだった。
他にも何個か聞いたが、情報をくれることはなかった。全くふざけた上司である。
まぁ、考えてもろくなことではないことは確かだ。考えるだけでため息が出てきてしまいそうだ。
先ほどより重い足取りで化学班の室長室へと向かう。
今回はコムイのやらかした不祥事の火消でなければいいと願いつつ、いや、切望しつつ向かう。
すると目の前の十字路で見慣れた黒い団服が目に入る。艶めく長い黒髪をツインテールにした、足がすらりと長い可憐な少女。アリシアは目を輝かせた。
「リナリー!」
リナリーと呼ばれた少女がアリシアのほうを向く。するとアリシアと同様に笑顔になって手を振ってきた。
アリシアがリナリーに駆け寄る。すると彼女がいたる所に傷を作っているのに気が付いた。
「任務帰りだったんですね、すみません」
アリシアの言葉にリナリーは首を振る。
「気にしないで、アリシアと話せて私はうれしいから」
その言葉にアリシアは胸を打たれる。疲れているのに笑顔を切らさないのも、見ていて心地がいい。心を洗われるようだ。
まさに天使というのは彼女のための言葉ではないだろうか、なんて本気で考えてしまう自分がいる。