第1章 大切に水を与えて
「・・・本当にすみませんっ!」
カバンから自分のタオルを持って来た私はそれを彼に差し出して、温室の中に入ってきた彼に謝罪。
くっと彼は笑いながら、濡れた銀髪をわしわしと拭く。
「いやいいんじゃきに。突然声をかけた俺が悪かったしの」
少し変わった言葉遣い。
恐らく自分と同学年か年下・・・?のテニス部の彼を見つめる。テニス部とは全く縁がない私なので、誰だかはさっぱり分からなかった。
うちの学校のテニス部は全国レベルらしくて・・・そんな所の人に水ぶっ掛けちゃったよ私・・・。不可抗力とは言え自己嫌悪だ・・・。
「なあその鉢、何が咲くんじゃ?」
遮光ネットを被った、恥ずかしい元凶の元(大切な蘭なんだけれども!)の鉢を指差す。
「あ、えとね羽蝶蘭って蘭が咲くの」
「ウチョウラン・・・?」
「羽って字に蝶々の蝶って書いて羽蝶蘭。その名前の通りの本当に綺麗で可愛らしい、それでいて凛とした花が咲くの」
蘭の話になって、饒舌になってしまう私。好きな事ってつい、詳しく話しちゃう。
「で、それは羽蝶蘭の中で仁王系って呼ばれてる品種で、純白仁王って真っ白な蘭が咲く自分の一番大好きな種類で・・・ってゴメン長々と語っちゃったね」
そこまで詳しく聞こうとは思ってなかったよね。そーっと彼の表情を伺う。
「・・・・っ」
あんまりにも。あんまりにも綺麗に微笑んでいるものだから、私は言葉を失ってしまう。
さっきまでのどこか人を食った様な表情じゃなくて、見惚れてしまう綺麗な微笑み。その人の視線が自分にずっと向いていたと思うだけで全身が熱くなる。
「坂本。違う仁王にも愛情注いで見んか?」
「え?」
違う仁王・・・系って事?
それに私、名前言ったっけ?
「その仁王は純白じゃなくて白銀なんじゃが・・・ええかのぅ?」
「白銀の蘭??」
にっと、さっきの綺麗な微笑から、何かいたずらっ子のように瞳を細めて笑う。
「いや、仁王って品種じゃ。坂本の隣でなら綺麗に咲くけん」
---もう水は貰ったしの。
するりと手を握られて、彼は私の耳元で囁いた。
「仁王雅治って品種なんじゃが、の?」