第16章 Sense of guilt
ニノ君が段々近づいてくる。
私の椅子の背もたれに手を掛け、椅子が動かないようにする。
もう片方の手が、口を隠す私の手を押さえた。
決して筋肉質ではないニノ君だけど、片手で私の両手を押さえるくらいに力が強かった。
ニノ君の香りを近くに感じる。
私はこれ以上目を開けていると爆発してしまいそうで、固く瞑った。
「そんなに俺とキスするのが嫌ですか?」
ニノ君の甘い声が聞こえる。
私は何も答えられない。
「俺はしたいと思いますけど。」
もうニノ君の体温が分かりそうなくらい近くにある。
私の心音がニノ君に届いてしまいそう。
「だって小雨は、俺の大事な…」
『お前は俺の大事な…』
ギュッと瞑った瞼の裏に、あの海の日の翔君の背中が現れた。
録画した動画を再生するみたいに、あの時の感覚が鮮明に蘇る。
少しだけひんやりとした海水、波が立つ音、翔君が浜に向かって泳ぐ筋肉の動き、体温、よく見えなかった彼の横顔…
私は急に全身にビリッと電流が走ったみたいな感覚に襲われ、思わずニノ君の手を振り解いて突き飛ばす。
「…小雨?」
ハッと気付くと、私に押されて2,3歩後ろによろけたニノ君がいた。
困った顔で立ち尽くしている。
「あ、ご、ごめん…!」
「翔さんのこと、そんなに気になります?」
私はニノ君に乱暴なことをしてしまったことに気付いてすぐに謝った。
でもニノ君はそんなこと気にしてないみたいに、私に問いかけた。
「えっ、と…」
「俺は、好きでもない子とキスするような奴じゃないですから。」
ニノ君は苦い顔で、顔を横に背けた。
一緒に見つけてしまった夜のコンビニ前での『現場』。
ニノ君はそのことを言っているのだ。
「ご、めん…。」
「そろそろ俺のこと、真剣に向き合ってみてください。」
ニノ君は言い残すと、先に手早く荷物をまとめて出て行ってしまった。
私はしばらくそのまま呆然として、それから椅子に座りなおしてニノ君のことを考え始めた。
ニノ君は私のことを好きだと言ってくれる。
でも私の気持ちはゆらゆらふわふわ。
何かが変わると思ってニノ君の申し出を受け入れたけど、私はニノ君の優しさを利用して翔君のことを考えないようにしているだけだ。