第8章 Precious
「痛っ!や、ば…!」
翔君が飛び込む番で、私は海に入っていた。
しかし、突然私の右足が痛みで感覚を失う。
足を攣ってしまったようだ。
思うように動かせず、もがけばもがくほど水面に引きずり込まれる。
「しょ、くん!」
顔が沈む寸前、飛び込む位置まで上がってきた翔君と目が合う。
一瞬で翔君の顔が焦りに変わった。
「小雨!!」
バッシャーン!
大きな水音が立ち、眼前に小さな泡が無数に浮き立つ。
近くに翔君が着水したらしい。
そして、次に泡を掻き分けるようにして翔君が現れる。
私の腕を掴んで、自分の背中に乗せる格好にしてまず水面に上がる。
「ぷはっ!ゴホッ!ゲホッ!」
「小雨、大丈夫か!?」
翔君はそのまま陸地に向かって平泳ぎをする。
私は竜宮城に向かう浦島太郎みたいに翔君の背中に身を委ねた。
右足はもう治ったみたいだが、油断したらまたすぐに攣ってしまいそうな感覚が残る。
「ハァ、ケホッ…ハァ、ハァ…ごめ、足、攣ったみたい、で…」
「ったく、ろくに準備体操しないで急に飛び込むからだ。」
「…ごめん。」
私は翔君の広い背中に顔をくっつけた。
死ぬかと思った。
あのまま翔君が来るのが遅かったら、すぐに沈んでいたかもしれない。
そう思うと、やるせない気持ちになる。
「もうちっと危機感持って生活できねーかなー。お前は危機管理能力が足りてねーよ。」
「…うん。」
「お前は俺の大事な…」
「大事な…?」
翔君はそこまで言うと急に口をつぐんでしまった。
思わず気になって翔君の横顔を覗き込んで続きを促してしまう。
正面までは見えなくて表情がわからなかった。
「なんでもねぇ!」
翔君は私が覗き込んでるのとは逆の方向に顔を背けて、陸地に到着するとそのままおんぶでテントまで戻った。
続きの言葉はなんだったの?
大事な幼馴染?大事なパートナー?
私、翔君の大事な存在になってる?