第41章 消えた灯りと人魚姫の歌
『……。』
身体に力が入らず、ただ水中を漂っていたローの耳に、誰かの声が響いた。
誰だろう。
目を開けて確かめたくても、世界樹が発する光が強すぎて瞼を開けることができない。
『…君だね。』
不思議だ。
水中なのに、やけにはっきり声が聞こえる。
『君が、セイレーンの想い人…。』
セイレーン?
なんだそりゃ。
ああ、確か海の妖精だったか。
昔、シャチとペンギンがそんなことを言っていたのを思い出したが、生憎 妖精に好かれた覚えはない。
『死んではいけない。セイレーンが悲しむ。』
だから、セイレーンなんか知らないって。
というか、死ぬつもりもない。
『あの子が待ってる。さあ、早く行くんだ。』
ブワ…ッ。
(……!)
突然、グンと背中を押された。
驚いて手を伸ばすが、なにも触れられない。
ローの背を押したのは、海流だった。
洞窟内に生まれるはずのない海流。
それがローの身体を押し流し、グングンと勢いを増す。
抗うこともできず、なすがままになるしかないローだったが、不思議なことに身体はうまいこと流れて、岩や樹の根にぶつかることなどなかった。
まるでこの海流は、ローを押し出すために作られたようだ。
『あの子に伝えておくれ。これから先、どんなことがあっても、どうかその心を汚さないで欲しい…と。』
最後にそう囁かれると、思いっきり身体を流された。
だから、誰のことを言ってんだ。
結局、声の主もセイレーンのこともわからないまま、ローは洞窟の外へと放り出された。
洞窟の外に出ると海流は消え失せ、再び身体は水中を漂う。
目を刺す光が弱まったおかげで、かろうじて瞼を開くことができた。
しかし長時間閉ざされていた視界は、すぐには復活せず、ぼんやりと海中を映すだけ。
ふと、誰かが自分に向かって泳いでくるのが見えた。
人魚…?
光を反射させながら泳ぐその姿は、とても美しかった。
あれが、セイレーンか…?
ぼんやりとそう思った時、酸素が切れたローの視界は暗転する。
(ちくしょう…、もう、息が……。)
いよいよマズイと思った瞬間、唇になにか柔らかいものが触れ、勢いよく空気が吹き込まれた。
ゴポゴポゴポ…。
こんな時に、その感触を甘いと感じる自分は、やはりどうかしている。