第8章 嫉妬
翌朝、あれからローとは顔を合わせないまま、モモはバスケットを携えて菜園へと向かった。
昨夜のことを謝らなきゃいけないと思っていたけど、今はまだ、ローと話す勇気がない。
もし謝って、
「俺にはメルディアがいる。もう二度とお前に用はない。」
とでも言われたらどうしよう。
いや、どうしようもないのだけれど。
ローはモモを『俺の女』とか言うけど、あれは建前みたいなもので、自分たちは恋人ではない。
(わたし、どうしたいんだろう…。)
何度も思ったはず。
薬剤師として必要とされるだけでいい、と。
それなのに、いざローからメルディアの存在を感じると、心が重くなり気持ちがグチャグチャになる。
自分で自分がわからない。
そうこうしているうちに、菜園へと辿り着いた。
「ごめんください。」
ギィと門を開き声をかける。
反応はない。
土いじりをしていると、周りの音が聞こえなくなるものだ。
モモは勝手に奥へ進んだ。
菜園には様々な薬草と色とりどりの野菜が元気いっぱい育っていた。
元気な植物たちを見れば、落ち込んだ気分も浮上するもの。
モモは鼻歌混じりに歩く。
たったそれだけで、植物たちはキラキラと輝き、喜びを露わにする。
セイレーンの力だ。
「こりゃあ、驚いた。」
背後から聞こえた声に、驚いて立ち止まる。
振り向くと、菜園の主だろう、真っ黒に焼けた中年の男性が立っている。
「あんた、そりゃあ、悪魔の実の能力かなにかかい?」
「えッ?」
無意識だった。
彼がなんのことを言っているのかわからない。
「ほら、あんたの歌を聞いてコイツら、こんなに元気になった!」
「--!」
衝撃に震えた。
つい鼻歌を口ずさんでしまったのだ。
12年もの間、口を利かなかったものだから、鼻歌程度でこんな効力があるとは思いもしなかった。
「…そうですか? わたし、昔から植物に好かれるんです。」
動揺しちゃいけない。
モモは笑顔を貼り付けた。
ついでに言えば、嘘は吐いてない。
「そうかい…。たまにいるよ、そういうヤツが。でもあんたは、特別好かれてるようだね。」
彼はモモの言葉を信じたようだった。