第8章 嫉妬
「ああ、そうそう。喜ばれる薬といえば、今日買った生薬で、薬酒を作り始めたの。」
見て、と空いた酒瓶を再利用した薬酒を見せられた。
「わたし、お酒飲めないから、熟成してきたら味見してね。」
通常、熟成には数ヶ月かかるが、実は歌を使えばもっと早く完成する。
「量が足んねェんじゃないのか。」
酒瓶1本では食前酒にもならない。
「あのね。薬酒はそんなガバガバ飲むものじゃないのよ。」
そのくらいわかってるくせに。
プイと顔を背けて、ローの薬棚に自分の薬酒も勝手に加えた。
完成が楽しみだと思いながら振り返ると、いつの間にか至近距離にローがいて驚いた。
「な、なに…?」
ジッと見下ろされる。
前々から思っていたけど、ローは目つきがすごく悪い。
その上、背も高いものだから、こんなに近いところで、そんなふうに見られると蛇に睨まれたカエル状態になってしまう。
「お、怒ってるの…?」
無言が怖い。
「お前、なにか言いたいことはねェのか?」
「なにかって、なに?」
投げかけられた言葉の意味がわからない。
ローは苛ついたように眉間の皺を深くすると、そのままモモを薬棚に押し付け、顔を寄せる。
キスされる、と思った瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
薔薇の、香り。
誰の? と考える前に答えが出た。
あのひとの。
香りが移るくらいの時間。
香りが移るくらい、近くで。
彼女といったいなにをした?
あのひとにもキスをした?
あのひとに触れた唇で、わたしに触れないで--!
ドン!
力の限り、ローを突き飛ばした。
「やめて。」
胸の中がグチャグチャになった。
この感情をなんと言ったらいいのかわからない。
どう表現したらいいのかわからない。
だから、笑った。
でも上手に笑えなくて、歪んだ笑顔でローに言う。
「わたしに触らないで。」
あなたには、メルディアがいるでしょう?
驚いて、目を見開くローの脇をすり抜け、部屋を出て行く。
出て行った後、ローがひとり呟いた言葉はモモの耳に届かなかった。
「ふざけんな。…嫉妬くらいしろよ。」
デッキに上がると、ベポがイビキをかいている。
そのお腹にもたれかかり、顔を埋める。
溢れる涙を止められなかった。
涙の理由は、わからないまま。