第41章 消えた灯りと人魚姫の歌
しらほしにとって、過去は悲しい記憶ばかりだったけど、それでも母が生きていたときは温かな記憶があったのを思い出した。
「ああ、でも…、ひとつだけ。お母様がよく唄っていた歌を覚えています。」
オトヒメ自身も母から教わったという、古い歌。
「お母さんの歌か…。素敵ね、どんな歌なの?」
「ええと、それは…。」
知りたがるモモに、しらほしは言いよどんでしまう。
「実は…、わたくし、すごく音痴なんです…。」
母の歌を何度か口ずさんでみたこともあるけれど、どうしても記憶の通りに唄えない。
あの歌は、もう二度と聞くことはできないのだろうか。
「でも、しらほし。わたしはしらほしのお母さんの歌を聞いたことがないから、音を外しているかどうかなんて、わからないわ。」
なんとなくだけど、しらほしにその歌を唄って欲しかった。
だって、その歌の話をするとき、しらほしは少し悲しそうな顔をしたから。
歌というのは、幸せを運ぶもの。
モモはそう考えている。
自分の考えを押しつけるわけじゃないけど、できればしらほしにも、そんなふうに思って欲しいから。
「だから少しだけ、唄ってみてくれない?」
「え、えっと…。」
俯いてしまった彼女は、やはり歌など唄いたくはないのだろうか。
「ごめんなさい、無茶なお願いをしたわね。」
無理に通すようなお願いではない。
モモが素直に引き下がると、しらほしは「いいえ!」と否定をしてガバリと顔を上げた。
「決してそのような…。ただちょっと、恥ずかしかっただけです。」
誰かに歌を聞いてもらうなど、子供の頃以来したことがなかったから。
「その…、笑わないでくださいますか…?」
おずおずと尋ねると、モモは「当たり前じゃない!」と瞳を輝かせた。
誰かが自分の歌を聞いてくれる。
こそばゆいけど、なんだか嬉しい。
「では、少しだけ…。」
照れながらもしらほしは、控えめに息を吸い込んだ。