第40章 深海の島と海の森
想いを自覚してから、モモが可愛く思えて仕方ない。
そして、触れたくて仕方ない。
頭を撫でていた手をスルリと頬に滑らせ、ふっくらとした唇に引き寄せられるように顔を近づけた。
果実のような唇は、きっと食めばとろけるほど甘いのだろう。
実際、触れたこともあるはずなのに、今はもう、その甘さも柔らかさも思い出せない。
だからもう一度、確かめたいんだ…。
「……ッ」
モモが息をのんだのがわかった。
瞬間、ローが我に返れたのは奇跡に近かった。
(俺は、なにを…。)
モモの心がこちらに向くまで、もう手を出さないと決めたばかりではないか。
それなのに、早々に口づけようとしている自分が信じられない。
しかし、それに気がついたときには、もう鼻と鼻がぶつかりそうなところまで距離を詰めてしまっていて…。
ここで急に離れたら、キスをしようとしていたことを教えるようなものではないか。
どうにか誤魔化さなければ…。
ゴチリ。
「……?」
「……熱はねェな。」
咄嗟に考えたあげく、モモの額に自分の額をくっつけることで距離を誤魔化した。
それでも、近すぎる距離にモモの金緑色の瞳が戸惑ったように揺れる。
「ね、熱…? ないけど…。」
「なら、いい。」
むしろ今、熱があったのはローの方かもしれない。
額を離すと、もう一度ぐしゃぐしゃと髪を撫でつけ、何事もなかったかのように振る舞う。
「調子が悪いなら、早く寝とけ。」
「え…。う、うん。」
自分が部屋に押しかけたくせに、自分がモモを落ち込ませたくせに、そんな言い訳をして「じゃあな」と別れを告げる。
「茶、うまかった。」
それだけ言って踵を返すと、すぐさま部屋を出て行った。
ガチャリ。
「ハァァ……。」
自室に戻ったローは、大きなため息を吐くとソファーに身体を沈ませた。
自制をするのが、こんなにも難しいなんて。
壁1枚隔てた先には、彼女がいる。
今、どんな顔をしているだろう。
様子が気になるけど、壁に設置された続きのドアを開ける勇気はローにはない。
いつかあのドアを開けて、モモに会いに行く日は来るだろうか。
帽子をとると、カモミールの香りがする。
その残り香に包まれながら、ローはそっと目を閉じた。