第40章 深海の島と海の森
初日にモモをここへ案内して以来、部屋に足を踏み入れるのは初めてのことだ。
以前は作業部屋として使っていたこの部屋は、今ではすっかりモモ色に染まっている。
きっちりと整理された本や薬。
机の上には調剤器具がいつでも使いやすいように配置されている。
しかし、女の子らしい小物や置物は一切ない。
一見殺風景な部屋が、飾らないモモらしかった。
だけどこの空間が、どうにも居心地がいい。
まるで故郷に帰ってきたような、そんな感覚。
ローにはもう、故郷などどこにもないのに、おかしな話だ。
そんなことをぼんやり考えながらソファーに座っていると、モモが2人分のカップを持ってやってきた。
「はい、どうぞ。」
湯気立つカップの中には、琥珀色をしたお茶が入っている。
「…なんの茶だ?」
「どくだみ茶。寝る前にカフェインを摂るのは良くないわ。」
カフェインは眠りを妨げる効果がある。
ローは出されたお茶を一口啜りながら、どうせすぐに眠るつもりはないけどな…なんて思った。
そんな心の内を読まれたのか、チクリと咎められる。
「ダメよ、ちゃんと寝ないと。いつまでたっても隈がとれないじゃない。」
ローの隈が、以前よりだいぶ濃くなっていることをモモは密かに気にしている。
「…余計なお世話だ。」
どうせカフェインを摂らなくたって、眠れやしないのだ。
自分の睡眠不足は、もはや不眠症に近い。
とはいえ、身体に不調をきたすような鍛え方はしていない。
だから不眠症くらい、どうってことないのだが、モモはそう思わないようで心配そうに見つめる。
「もし、どうしても眠れないようなら言って。」
「言ってどうなる。…添い寝でもしてくれんのか?」
そんな冗談で茶化しながらも、もし本当にそうしてくれるなら毎日に不眠を訴えるのに、と馬鹿馬鹿しいことを考えた。
実際は薬を処方してくれるとか、そういうことだろうが…。
しかし、モモの提案はローの予想と違うものだった。
「子守歌を唄ってあげるわ。」