第39章 欲しいもの
夜の風は冷たい。
そろそろ声を掛けようか…。
そんなふうに思い始めた時、後ろのドアが再びガチャリと音を立てて開いた。
ベポが潜水の指示を仰ぎに来たのだろうか。
そう思って振り向いてみるけど、そこに巨大な白クマの姿はない。
代わりにいたのは、小さな医者見習い。
「あれ、なんだよ。2人だけ? ペンギン、ローがどこ行ったか知らない?」
「あー…っと。」
居場所を尋ねられて、正直悩んだ。
素直に教えたらいいのか、それとも誤魔化した方がいいのか。
なぜなら、コハクはモモの息子だから。
それも彼は会ったことのない父親に、尊敬の想いを抱いている。
以前、父親について聞いてみたら、そんなふうに語ってくれたのだ。
いくら自分たちがローとモモの仲を応援しているとしても、コハクにその姿を見せるのは酷ではないだろうか。
ペンギンはとりあえずこの場を誤魔化すことに決め、口を開きかけた。
だというのに、考え無しにペラペラしゃべる男がいる。
「船長なら、あそこにいるぜー。」
余計なことを…!
上空を指差すシャチに、一瞬殺意が湧いた。
すかさずゲシリとスネを蹴り上げる。
「痛ィって! なにすんだ……はっ!」
痛がるシャチの横で、コハクが空を見上げた。
そこでようやく彼は自分の失言に気がついたようだ。
「……母さん。」
視力の良いコハクは、あの小さな人影がローとモモだということに、しっかり気づいてしまった。
母親が父親でない男と仲良くしている。
それは小さな子供にとって、耐え難いことではないか?
きっとショックを受けているに違いない。
「あー…、コハク、これはッスね。」
なんと説明したらいいかわからなくて、うまい言葉が出てこない。
ヘタなことを言えば、コハクをさらに傷つけるだけかも。
慎重に言葉を選べば選ぶほど、なにを言ったらいいのかわからず、妙な間があいてしまう。