第39章 欲しいもの
医務室で眠るジャンバールの脈拍を取ると、オペが上手くいったこともあり、非常に安定していた。
「…ジャンバール、どうなんだ?」
横でその様子を見ていたコハクが尋ねるので、ローは黙ってジャンバールの手首を差し出す。
知りたければ自分で診たらいい。
ローの弟子教育はスパルタだ。
しかしコハクはそんなローに対して嫌な顔ひとつせず、素直に脈拍を計る。
普段は生意気なくせに、学ぶときだけは文句を言わない。
「…良かった、安定してる!」
そしてなかなか筋も良い。
「当然だ、誰がオペをしたと思ってる。」
素直に褒めてやればいいのに、こういう時は自分が無愛想なんだとつくづく思う。
たぶんローは、教える側に向いてない。
「ま、オレの師匠なんだから、このくらい出来て当然だな。」
でも、コイツもコイツで減らず口が止まないのだからお互い様だろうか。
けれど、モモはどうしてローにコハクを任せようとしたのか、未だにわからない。
いくら無人島といえども、数ヶ月に1度は船が訪れることがあったという。
海賊で“死の外科医”の異名を持つ自分より、まともな船の船医に託した方が、ずっと未来は明るい。
彼女の考えることは、まだまだわからないことばかり。
ふとモモの様子が気になり、席を立った。
「どこ行くんだよ。」
「…進路の確認だ。外の様子を見てくる。」
「ふぅん。じゃ、ジャンバールのことはオレが看てるよ。」
素直にモモの様子が気になると言えないのは、コハクが彼女の息子だということ以外他ならない。
もしそう言ったなら、コイツはどんな反応をするだろうか。
『母さんに手を出すな!』
そう言って怒るコハクの様子が、容易に想像できた。
別にこんなガキ、嫌われようがどうしようが どうでもいいはずなのに、なぜだか本当のことが言えない。
それは、コハクがローを師匠として慕ってくれているからだろうか。
自分でもよくわからなくて、答えを探し出せないまま、ローは医務室から出ていった。