第39章 欲しいもの
コーティングの材料は、ヤルキマン・マングローブの樹液だった。
船のコーティングは、いったいどのくらい昔から行われていたのだろうか。
初めて発見した人は、きっと優秀な植物学者だったのだろう。
そうして技術を覚えたコーティング職人は、次代の職人へと技を引き継ぐ。
シャボンディ諸島には、そんな技術を引き継いだ職人がたくさんいるに違いない。
でも、そんなコーティング技術を見ていたのは、きっと人間だけじゃない。
彼らも…、ヤルキマン・マングローブたちもまた、コーティングを間近で見ていたはずだ。
だって、自分たちの樹液がコーティングに使われているのだから。
植物の寿命は長い。
わたしたち、人間よりも…。
「きゅ…?」
コハクの頭に乗ったヒスイを、そっと抱き上げた。
ヒスイは、モモの歌によって生まれた植物。
いつもモモの傍にいて、想いに応えてくれる。
生まれて数年のヒスイにですら、想いは伝わるのだから、何百年も生きたマングローブたちに伝わらないわけなんかないのだ。
これをしたら、隠していたモモの能力がローたちにバレてしまう。
でも、そんなこと微塵も気にならなかった。
歌は、わたしの力。
ねえ、お願い。
あなたたちの力を貸して…?
『船を出したら、生き抜くと誓って。目指すのは、蒼い蒼いあの海。』
モモが唄うと、マングローブの森はザワリとざわめきだした。
『悲しみはまだ堪えきれず、激情は今、変わりはじめた。あなたに紡ぐこの言葉は、これからきっと変わっていく。』
長く生きた木々たちは、きっと人間の愚かさをずっと見てきただろう。
貴族、奴隷、人売り。
そんな稚拙な人間を、もしかしたら笑っているかもしれない。
でも、それだけじゃない。
新世界を目指して旅立つ人間も、彼らはずっと見ていただろう。
植物にも感情は伝わる。
だから夢に燃える気持ちも、伝わっているはず!
『未知なる世界の片隅から、この翼を広げ、飛び立つ!』
夢は見るものじゃない、叶えるものだから。
だからねえ、旅立つわたしたちに力を貸して。