第39章 欲しいもの
(くそ…、傷口が多すぎて手が足りない!)
コハクの小さな手では、全ての傷口を止血できない。
シャチもペンギンも、治療を手伝ってくれるけど、ついついジャンバールの痛みに気を取られて、なかなか上手く手伝えなかった。
そうしてる間に、どんどん血は流れ出ていってしまっている。
流れる血の分だけ、ジャンバールの命が短くなっていくような気持ちに苛まれた。
ちくしょう…ッ!
(託してくれって言ったのに、なんてザマだ…!)
これじゃ、ローに顔向けできない。
「よくやった、コハク。…あとは任せろ。」
不意に後ろから声が掛かり、数時間前と同じように大きな手のひらが頭をポンと包んだ。
「……ッ!」
その手の大きさに、嬉しいような安心するような、言葉にならない想いが込み上げる。
これが師匠に対する尊敬というものなのか…?
どことなく違うような気がするけど、なにがどう違うのかコハクにはうまく説明できなかった。
でもなんだか、その気持ちが気恥ずかしくて、ついつい悪態をついてしまう。
「おせーよ、バカ…。」
しかし、照れ隠しだってわかってしまったのか、ローは笑みを返してくれた。
初めて向けられた優しげな表情に、訳もなく抱きつきたくなる衝動に駆られる。
(なんで…、ローなんかに…。)
この気持ちの正体を、コハクは知らない。
「ジャンバールをオペ室に運べ。それと、輸血の準備をしろ。」
「「アイアイサー!」」
ローの指示にシャチもペンギンも素早く動き、テキパキと準備をする。
その様子をモモは不安な思いで見守るしかない。
もし、今ここで癒やしの歌を唄い、ジャンバールを癒やすことができたなら、躊躇わずにそうする。
しかし、モモの歌は魔法じゃない。
聞き手の治癒力や自然回復力を高める歌は、傷や病を治せても、失った血を作り出すことはできない。
遠い昔、まだモモがコハクくらい子供だった頃、それが原因で母を助けられなかったことを思い出し、苦いものが込み上げた。
己の無力さを感じるのは、これでいったい何度目のことだろう。