第39章 欲しいもの
ああ、この感覚…。
覚えがある。
彼の能力は不思議だ。
この能力の範囲サークルを、彼は手術室と称することがあるけれど、モモにはまったく別のものに感じる。
サークルの中は、まるで彼の身体の中みたい。
とても温かくて、安心できる。
目を瞑れば、彼に抱かれているような錯覚を起こす。
このサークルの中にさえいれば、絶対大丈夫だって思えるのだ。
来てくれて嬉しいのと、安心したのとで、じんわりと涙が滲む。
今呼べば、姿を見せてくれるかな?
「ロー…!」
呼びかけに応えるかのように、ヒュンと一迅の風が吹き、モモの頬を撫でた。
それがまるで「大丈夫だ」って言われてるみたいで、モモの瞳はますます潤む。
“アンピュテート”
風のあとを追いかけるようにやってきた斬撃は、モモとチャルロスの間を隔てるようにズバッと一閃し、巨大な船を真っ二つに断ち切った。
「ひえぇぇ~ッ!」
2つに両断され、バランスを失った船は激しい音を立てながら転覆していく。
奇声を発して転がるチャルロスだったが、傍にいる付き人たちは誰も助けようとはせず、我先にと船から脱出を試みる。
やはり彼は、仲間にも恵まれていなかったのだ。
「きゃ…ッ」
チャルロスのことを心配している場合ではなかった。
転覆していくのは、モモが乗った半分側も同じ。
急いで脱出しないと、仲良く海の藻屑になってしまう。
しかしわかっていても、モモの残念な運動神経では、まともに立つことさえままならなかった。
あっという間にチャルロスと同じようにゴロゴロと転がっていく。
(海にポチャンは…、嫌!)
必死に床にへばりつこうとしたけど、残念ながらモモの身体はあっさりと船外へ放り出された。
「きゃー!」
ああ、こんなことなら、あのチャルロスに一発ビンタをお見舞いしておけば良かった…。
軽く死を覚悟したとき、重力に逆らってモモの身体がふわりと浮いた。
そうだった。
ここは、彼の手術室。
彼の手の内にいる限り、モモが命を落とすことなど絶対ないんだ。
“シャンブルズ”
パッと瞬間移動した先では、微かに消毒液の匂いが残る、お日さまの香りがモモを待っていた。