第39章 欲しいもの
コハクが生まれたときのあの瞬間を、モモは生涯忘れることはないだろう。
自分とローの血を分けた子供が誕生した喜びは、言葉で言い表せるわけもなく、ただ涙が溢れた。
今まで嬉しかったこと、感動したこと、たくさんあった。
その多くは、ローがくれたもの。
彼から喜びをもらうたび、モモはこれ以上の感動なんかないっていつも思ったけど、新しい感動はすぐにやってきて、日々を鮮やかに彩っていく。
それは、ローが傍にいなかった6年間も同じ。
ローと別れたあとは、この世の終わりかと思えるほど沈んだけど、それでも新しい色は絶えずやってきた。
コハクが生まれたり、薬草が芽吹いたり、たくさんの喜びがあったから、モモはずっと生きてこれた。
前を向くことを諦めなければ、世界は何度だって、微笑んでくれる。
モモが生きる世界とは、美しく喜びに満ちたものだ。
けれど目の間の男は、きっとそんな世界に気づかない。
自分を中心に回る世界が全てで、願い事はなんでも叶う。
そんな世界は美しくもなんともない。
人を愛する喜びを、愛する人との間にできた子供が生まれる感動を、きっと彼は永遠に味わうことができないのだろう。
「あなた、可哀想ね。」
「……??」
モモが投げかけた言葉は、チャルロスにとって初めて言われた言葉なのだろう。
まるで意味を知らない子供のように、首を傾げる。
「喜びも感動も手にできない世界に生きるあなたは、とても可哀想。」
生まれたときから濁った世界で育ち、歪んだ瞳でしか人間を見られないチャルロスを、モモは心底可哀想だと思った。
「んーん? おばえ、なに言ってるえ? わちしに手にできないモノなど、存在しないんだえ。」
だってそうだろう。
どんな財宝だって、女だって、奴隷だって、なんでも手に入るのだから。
世界というのは、天竜人である自分のたに回っているのだ。
だから、思い通りにならないわけがないじゃないか。