第39章 欲しいもの
それは、ジャンバールに誘われて酒場へ行く途中の出来事だった。
辺りがザワザワとざわめき始めたのだ。
「……?」
ずっと賑やかだったけど、先ほどまでの喧騒とは異なる雰囲気に、モモもジャンバールも足を止める。
「どうしたのかな?」
「さァな…。」
不審に思ってジャンバールに尋ねてみるけど、彼もわからない様子だ。
なんだろうとキョロキョロと周囲を見回していると、誰かの叫び声が聞こえてくる。
「天竜人だ! みんな、膝をつけ!」
「「!!」」
天竜人…?
それは、ジャンバールが船で話していた、かつて彼を奴隷にした人間のことか。
聞いていたばかりの恐ろしい行いに冷や汗が垂れ、すぐにジャンバールを見上げた。
すると彼は、ギリリと唇を噛みしめ、小刻みに震えていた。
「ジャンバール…!」
今すぐここから離れようと彼の手を掴もうとする。
ガ…ッ。
しかし逆にジャンバールにその腕をとられた。
「…!?」
驚いて言葉を失うモモに、彼は早口に言う。
「モモ、俺から少し離れたところで膝をつけ。決して顔を上げるな。…例え、俺になにがあっても、絶対にだ!」
「な、なに言って…?」
その言い方では、まるでジャンバールになにかあるみたい。
戸惑いを隠せず、どうしたらいいかわからなくなっている間に、周囲のざわめきは大きくなるばかり。
「き、来たぞ!」
「……ッ!」
誰かの声をきっかけに、ジャンバールはモモを強く突き飛ばした。
「きゃ…ッ」
ドンと押されたモモは数メートル先に吹っ飛び、盛大に尻餅をつく。
「ジャンバ…--。」
「あんた、なにしてんだよ! ほら、頭を下げな!」
急いで彼に駆け寄ろうとしたけど、隣にいた住人に無理やり跪かされ、頭を下げさせられた。
まるで神にひれ伏すような体勢。
屈辱的とも思えるこの姿を、街中の人間が当たり前のように行う。
世界貴族…天竜人とは、そんなにも偉いものなのか。
ジャンバールの様子が気になりつつも、モモは地を這う拳をギュッと握りしめ、見たこともない天竜人に頭を下げた。
ザッ、ザッ…。
みなが恐れる天竜人の足音が、近づいてきた。