第39章 欲しいもの
「これがコーティング船…。」
近くで船を見てみると、船体が薄いゼリーのようなもので覆われているのがわかる。
深海の水圧にも耐えるというから、もっと重々しい装備なのかと思ったけど、一見わからないくらい軽い。
ツンとつついてみると、弾力のある感触がモモの指を押し返した。
どこかで覚えのある感触だ。
そう、これは…。
「ヤルキマン・マングローブの樹液ね。」
なるほど、あの樹液にはこんな使い方もあったのか。
人の知恵とはすごい。
船ごとシャボンに包んで海底に持って行くなんてモモには想像もつかなかった。
樹液の強力さを物語った素晴らしい発想。
とはいえ、マングローブは船を覆うようなシャボンを自然に作り出さないから、この素晴らしいコーティングができるのは、ひとえに人の技術の塊だろう。
シャボンにムラができないようにコーティングするとは、さすが職人技。
(ああ、でも…。もしかしたら…。)
ふとある考えがよぎるが、すぐに頭を振って打ち消す。
「…どうかしたか?」
傍で様子を見ていたジャンバールが不思議そうに尋ねるが、モモは慌てて「なんでもないの」と答える。
まったく、なんて出しゃばりなことを考えてしまったのだろう。
いくら昔より、自分に自信がついたからって、あまりにも過信すぎる。
「ありがとう、そろそろ行きましょう。」
これ以上ここにいると、バカな考えばかり浮かびそうなので、このあたりで切り上げることにする。
本当はもう少し観察したいけど、他人の船だし、あとは自分たちの船がコーティングされたらゆっくり見ればいい。
「そうだな…。」
船に戻ろうと荷物を背負いあげたとき、ジャンバールは少し考える仕草を見せた。
「どうしたの?」
「ん…、いや。…メシでも食って帰らないか?」
「え…?」
唐突なジャンバールの提案に、キョトンとする。
「ほら、この街は多くの人が集まるから料理のレパートリーも豊富なんだ。きっと勉強になる。」
勉強のためだと言うけど、彼の言葉の端々には自分への気遣いが溢れていた。
「…そうね、そうしましょう。」
ジャンバールの優しさが嬉しくて、モモはもう少し寄り道することを選んでしまう。
天竜人や政府のことを忘れたわけでは決してなかったはずなのに…。