第39章 欲しいもの
油屋に向かうために街の大通りへ出ると、街の向こうに、なにやら大きな建物が聳えているのが見えた。
「ジャンバール、あれはなに?」
遠目からだけど、シャボンを使ったものだとはわかる。
それになんだかゆっくり動いている。
建物というより…、乗り物?
「ああ、シャボンディパークの観覧車か。」
「カンランシャ?」
聞いたことのない名前に、首を傾げる。
「車輪の周りにいくつもシャボンがついているだろう。あの中に入ってぐるりと1周する乗り物だ。」
「1周…!? あのてっぺんまで上るの?」
1番上はものすごい高さだ。
あんなに高いところから街を見下ろせたら、さぞかし絶景だろう。
「遊園地には行ったことがないのか?」
「ユウエンチ?」
「ああいった大きな遊具がある施設のことだ。」
「公園ならあるわ。」
公園といっても、モモが昔住んでいた町にあった公園には、ベンチと砂場くらいしかなかったけど。
「そうか…。やっぱりあとで船長と合流して、連れて行ってもらったらどうだ。」
いくらコハクの母親といっても、モモはまだ23歳。
彼女がどうしてあんなに寂れた生活を送っていたかは知らないが、本当ならもっと楽しいことを経験していてもいいはずなのに。
過去はどうしたって取り戻せないけど、だったらそのぶん、これからを楽しんだっていいじゃないか。
そう思うのに、モモはふるふると首を横に振った。
「ううん。ここから見られるだけで十分だから。」
本当は興味津々だろうに、やはりモモは本音を言わない。
ガマンしているというには、少し違う。
それは諦めに似ていた。
多くの魚人たちが あのシャボンディパークに憧れ、けれど大きすぎる差別のために諦めるように…。
魚人たちを縛るのは、種族という鎖。
では、モモを縛るのはなんだろうか。
せっかく自由の海へ出たというのに、彼女はまだ、見えない鎖に縛られたままのように見えた。