第37章 冒険の海へ
コハクの頬に、ヒスイの額に、それぞれキスを落とした。
「いってらっしゃい…、気をつけてね。」
寂しい気持ちが胸を占めるけど、女の根性でそれを押さえ込み、優しい微笑みを浮かべた。
「うん、じゃあちょっと、冒険しに行ってくるよ!」
コハクはニカリと笑うと、すぐさまハシゴに脚をかけて船へ飛び乗った。
いったいどれくらいの別れになるかわからないのに、ずいぶんとあっさりしているコハクに肩すかしを食らった気分だ。
男の子って、こんなものかな?
そういえば、モモが初めて海へ出たのも今のコハクと同じくらいの年頃だった。
あの頃の自分とコハクじゃ、ずいぶん状況も境遇も違うけど、なんだか運命的なものを感じる。
「…出航しろ。」
ローの指示のもと、船がゆっくりと動き始めた。
(ロー…。)
船の上から、みんながこちらを向いて手を振っているのに、彼だけが背中を向けたまま。
ねえ、最後に顔を見せて。
あなたの顔が見たい。
祈りを込めて見つめるけど、彼がこちらを振り向いてくれる様子はない。
たった数日間だったけど、ローと自分との間には、僅かな絆ができたと思っていた。
それは身体の繋がりなんかじゃなくて。
でも、それは勘違いだった?
わたしだけが、期待していただけ?
別れも言ってもらえないほど、自分とローの間には なにも存在しなかったのだろうか。
船はどんどん離れていく。
みんながどんな表情をしているのか、次第に見えなくなっていった。
「ロー…。」
ポソリと彼の名を呼んだとき、聞こえているはずないのに、彼がクルリとこちらを振り返った。
「……ッ」
思わず1歩前へ歩み進むと、ローの表情が見えた気がした。
笑って…る…?
彼の口元には、確かに笑みが浮かんでいたのだ。
海からヒュルリと風がやってくる。
その風は離れた船から、モモに彼の声を届けてくれた。
『ROOM』