第37章 冒険の海へ
どうして…。
“医者になりたい”
それは、コハクとヒスイ、2人だけの秘密だったのに…。
コハクが医者になりたいと思ったのは、ある日、モモが風邪を引いたときだった。
ドジでおっちょこちょいな母は、身体だけは丈夫な人だったのに、前日に雨の中 畑仕事をしたせいで、高熱を出してしまった。
あの日ほど、病を怖いと思ったことはない。
自分で作った薬を飲んだモモは、大丈夫だからと笑って眠りについた。
でも、もしただの風邪じゃなかったら?
明日になっても、目を覚まさなかったら?
そう思ったら、怖くて怖くて仕方がなかった。
この島には、医者はいない。
それどころか、頼れる人間すらいない。
もしコハクが原因不明の病に倒れても、モモは歌で魔法のように治してくれるだろう。
しかし、コハクにはその魔法が使えない。
モモが倒れたとき、こうして手を握ることしかできないのだ。
その時思った。
ああ、医者になりたい…って。
もし自分が医者であったなら、魔法が使えなくても、モモを助けることができる。
医者という職業は、セイレーンではない自分がなれる、唯一の魔法使いだ。
それから、家の医学書を読みあさり少しでも近づこうと努力した。
けれど独学には限りがある。
質問があっても、答えてくれる人はいない。
答えを導き出しても、正解かどうかすらわからない。
教えてくれる師がいなければ、医者にはなれない。
だからコハクの夢は、叶うことのないただの憧れと化してしまった。
でも、それでも…。
オレは魔法使いになりたかったんだ。