第36章 心に灯る火
なに…?
今、なにが起こってるの?
突然の状況についていけず、パチパチと瞬く。
ただわかっているのは、驚きに見開かれたモモの瞳の前に、あり得ない距離の近さで、ローの瞳があるってことだけ。
ねえ、近すぎない?
そう思って身を離そうとするけど、腰に回った腕と、後頭部に差し込まれた指が、それを許してくれない。
離して欲しいと声を出そうとすれば、僅かに開いた唇を押し割り、ヌルリとした“なにか”が侵入してきた。
(……え?)
ソレはモモの口内に入ると、歯列を、上顎を舐め上げ、さらに小さな舌を見つけると、器用に絡ませてローの口内へと攫っていった。
「…ん、…んぅ?」
驚いて密着するローの身体を押せば、彼は眉を寄せ、モモを窘めるように舌を強く吸い上げる。
「…ふ…ぅ。」
その瞬間、モモを襲った衝撃は、長らく忘れていたものだった。
甘い、甘い、痺れ。
唇が塞がれていることに、ようやく気づいた。
さっきから口の中で暴れているものが、ローの舌だということも。
(なんで…? どうして…!?)
どうしてこんなことになった。
自分はただ、新聞を取り返そうとして…それで…。
酸素不足になるほどの激しいキスが、モモの頭を鈍らせる。
目を閉じることもできなくて、ひたすらローの瞳を見つめた。
ああ、知っているわ。
今、自分が見つめているローが、どんな想いでいるのか…知っている。
覚えてる。
欲情した、ローの瞳を。
「ふ…ッ、は…ぁ。」
唇が一度離れ、ようやくまともにできた呼吸にモモは喘いだ。
酸素が回った頭が、「すぐに離れろ」と警鐘を鳴らす。
渾身の力でローの肩を押したのと、ローがモモを押し倒したのは、ほぼ同時だった。
この時、どちらが優勢だったかなんて、考えなくたってわかるだろう。
モモの視界には、熱い視線を向けるローと家の天井だけが写っていた。