第36章 心に灯る火
みんなが出て行ってしまった家は、昨日と同じようにシンと静まり返っている。
ただ、昨日と大きく違うのは、ローが家にいると知っていること。
昨日は途中まで家にいるとは気がつかず、心臓が飛び出るような思いをした。
今日はさすがにそんな思いはしないけど、彼の存在が近くにあるだけでドキドキと胸が高鳴ることは止められない。
(平常心、平常心…。)
平静を保つための呪文を、繰り返し心の中で呟く。
昨日は途中で寝てくれた…いや、寝かせたんだけど。
そのおかげで薬の調剤が進んだ。
彼らに渡そうと考えていた薬の数々は、とっくに出来上がり、部屋の隅に置いてある。
(ああ、やることが…ない。)
家のことをやろうにも、美味しい食事を作ってもらっているお礼にと、ハートの海賊団のみんなが掃除も洗濯もしてくれて、本当にやることがない。
そうなると、余計ローのことを意識してしまう。
いっそのこと、今日も眠ってもらおうか。
いや、さすがに2日続けると不審に思われてしまう。
いくらローでも、自分がセイレーンであることは秘密なのだ。
「……オイ。」
「うぁ…、ハイ!」
突然呼びかけられ、心臓がドキンと跳ねた。
「茶を淹れろ。」
「……ハイ。」
このワガママ大王め。
どうせ意識してるのなんて、わたしだけでしょう?
不満と自意識過剰が恥ずかしいのとが混ざり合って、モモは無意識に頬を膨らませる。
「……くく。」
むくれてキッチンでお茶を淹れるモモに気づかれないよう、ローは忍び笑った。
なんてわかりやすい女だろう。
顔全体に、ローのことを意識していると書いてある。
まるで純真な乙女のよう。
まさか処女でもあるまいし…。
「……。」
当然だ。
モモはコハクという子供を出産しているんだから。
処女であるはずがない。
そんなこと、最初からわかっていたはずなのに、無性に腹が立つ。
モモが誰かと愛し合い、身体を交える。
そんなことを想像したとたん、相手の男に抱くこの感情。
この気持ちをなんと言うのだろう。
暗く冷たいこの感情。
ああ、わかった。
“殺意”だ。