第35章 歌とぬくもり
しばらく、モモとローの間には、ゴリゴリと薬を擂る音と、ペラリと本のページを捲る音だけが響いた。
ローは時折思い出したようにお茶を飲むけど、当然ながらそれで疲れがとれるわけじゃない。
カモミールもリリアスも、今のローには気休め程度の効果しかないだろう。
本当は、今すぐ睡眠を摂ってくれるのが1番いい。
だけど、「眠ったら?」と言って素直に眠る人ではないし、睡眠薬を盛るのも気が引ける。
彼に心地よく眠ってもらうには、どうしたらいい?
そんなの、考えなくたって答えはでるけど…。
『ねぇ、君は今 どんな夢を見て、誰と一緒にいるの?』
それは、口ずさむほどの小さな歌声。
ローは本から目を上げ、モモの方を見た。
彼女は調剤の手を休めぬまま、小さな声で唄っていた。
『幸せそうに眠る その寝顔眺め、小さな奇跡に笑顔が零れ。』
なんだろう、子守り歌だろうか。
優しい優しい歌だった。
『膝に寄せた頬、撫でた小さな頭、聞こえた愛しい声。』
子守り歌…。
そう思った瞬間、急激に眠気が襲ってきた。
『ありがとう…と耳元で、嬉しくって溢れた涙。』
読みかけの本がスルリとローの手から落ちる。
おかしいな、こんなふうに眠くなること…滅多にないのに。
『この胸、この腕、この手で、ゆっくり眠って。』
心地良い眠気に包まれて、ローはテーブルに腕をつき、そのまま顔を伏せてしまう。
『今はどうか疲れを忘れて、良い夢を見て。』
不思議なことに、身体に溜まった疲労感すらもスルスルと抜けていく。
『君が眠って、その寝顔を見せて。優しく目覚めるその時まで。』
もっと聞いてきたいのに、身体が言うことをきかない。
こんなこと、前にもあった気がするのに、それがいつのことだか思い出せない。
『君の…、傍にいるから』
…本当だな?
嘘だったら、承知しねェぞ。
優しい歌声に安心して、目を閉じた。
『おやすみ……。』
おやすみなさい、良い夢を…。