第35章 歌とぬくもり
ローは戸棚から取ってくれたリリアスの壷をテーブルに置くと、いつの間に取りに行ったのか、数冊の本を手に椅子へと座った。
モモの家には多くの医学書がある。
日々進化していく医療に、遅れをとってしまったら大変でしょ? とメルディアが置いていってくれるもの。
さすがは商人。
メルディアが選ぶ本にハズレはない。
なるほど、確かにローにとっては、船の案内をするより、ここで読書をする方が有意義だろう。
ようやく落ち着きを取り戻したモモは、深呼吸をひとつすると、自分もローの向かい側の椅子に腰を下ろす。
気をとり直してリリアスの壷の蓋を開けると、中からふんわり甘い香りが漂ってくる。
杏ほどの大きさをしているリリアスの実は、熟してとても赤く、美味しそうだ。
ひとつ摘まんで口に運べば、芳醇な甘さが口内に広がる。
(うん、よく漬かってるわ。)
物欲しそうにジッと見つめてくるヒスイにも、1粒あげた。
「きゅい♪」
触角をパックンチョ型に変えて実を食べたヒスイは、その甘さに身悶える。
薬効も十分だ。
これなら、自信を持って彼らに渡せると思う。
(…と、その前に。)
モモは向かい側で本を読む、ローの表情を見た。
(なんだか、疲れてるみたいね。)
今までの看病疲れか、それともただの寝不足か。
ローの目元には6年前と比べものにならないくらい、大きな隈が…。
そういえば、昨夜だってモモが出した少しの物音で目覚めてしまっていたし。
もしかしたら、彼の眠りはずいぶんと浅いものになってしまっているのかもしれない。
モモはガタリと立ち上がり、キッチンの残り火でお湯を沸かし始めた。